1 ストラップ
三国志が出典の言葉
現在我々が用いる言葉に、三国志(若しくは関連図書)が出典の格言や熟語、慣用句は多くあると思います。
このスレッドでは、それらをあげて、いきましょう。
一応解説も忘れなく。
このスレッドでは、それらをあげて、いきましょう。
一応解説も忘れなく。
(PC)
2 ストラップ
「藍田生玉(らんでんしょうぎょく)」
出典:諸葛恪伝
名家から、優れた人物が出ること。藍田は美玉を排出する事で知られた地名。
「藍田玉を生ず」とは孫権が、諸葛瑾に対し諸葛恪を讃えた時の言葉。
出典:諸葛恪伝
名家から、優れた人物が出ること。藍田は美玉を排出する事で知られた地名。
「藍田玉を生ず」とは孫権が、諸葛瑾に対し諸葛恪を讃えた時の言葉。
(PC)
5 郭嘉
以前、曹嘉の名で書き込みした事のある者ですが、この度改名しました。
私は有名なものしか知らないのですが…
「危急存亡の秋」
危険や災難が迫ってて、生き残れるか滅びるかの重大な瀬戸際の意味。
孔明が劉禅に奉った出師の表に見られる。
ちなみに何故「秋」の字?と思い、漢和辞典で調べてみると、秋には大事な時という意味が含まれているそうです。
私は有名なものしか知らないのですが…
「危急存亡の秋」
危険や災難が迫ってて、生き残れるか滅びるかの重大な瀬戸際の意味。
孔明が劉禅に奉った出師の表に見られる。
ちなみに何故「秋」の字?と思い、漢和辞典で調べてみると、秋には大事な時という意味が含まれているそうです。
(EZ)
8 闘莉王
私も有名な言葉を一つ…
『破竹の勢い』
晋の杜預が呉に侵攻を開始する際に「あとは竹を割るようなもの」と言い、次々と呉軍を破ったのが語源。今でもスポーツなどでよく使われますね。
『破竹の勢い』
晋の杜預が呉に侵攻を開始する際に「あとは竹を割るようなもの」と言い、次々と呉軍を破ったのが語源。今でもスポーツなどでよく使われますね。
(F900i/FOMA)
15 赤龍
「白波」
盗賊の事をこういいます。盗賊を扱う歌舞伎なんかを「白波物」といいます。これは後漢末、黄巾の残党の大勢力のひとつ、白波賊に由来します。何故よりによって、この知名度も低い白波賊なのか?やっぱり名前がかっこいいからでしょうね。
盗賊の事をこういいます。盗賊を扱う歌舞伎なんかを「白波物」といいます。これは後漢末、黄巾の残党の大勢力のひとつ、白波賊に由来します。何故よりによって、この知名度も低い白波賊なのか?やっぱり名前がかっこいいからでしょうね。
(J-SA05)
16 大伴
「昼夜兼行(ちゅうやけんこう)」
昼も夜も行軍する事。まさに二十四時間戦う、ジャパニーズビジネスマンの悲しき姿。
出典:「三国志・呂蒙伝」
昼夜を兼て行き、羽の置く所、江辺屯候に至る。
昼も夜も行軍する事。まさに二十四時間戦う、ジャパニーズビジネスマンの悲しき姿。
出典:「三国志・呂蒙伝」
昼夜を兼て行き、羽の置く所、江辺屯候に至る。
(PC)
17 くわびん
…んんん、赤龍さんにあちしの十八番言われちった…。
ちょっと補足します。「白波」は「白浪」とも言います。日本では「白浪五人男」、「白浪五人女」と盗賊ストーリーの歌舞伎があります。確かルパン三世にもこの話があったっけ…。
で、黄巾残党が西河の白浪谷に立て篭もって略奪行為を行っていました。
後世の歌舞伎はこれを引用して白波は山賊と通称しましたとさ。
そんで、思い付いたんだけど、お酒に桜白波って有るけど……!?
ちょっと補足します。「白波」は「白浪」とも言います。日本では「白浪五人男」、「白浪五人女」と盗賊ストーリーの歌舞伎があります。確かルパン三世にもこの話があったっけ…。
で、黄巾残党が西河の白浪谷に立て篭もって略奪行為を行っていました。
後世の歌舞伎はこれを引用して白波は山賊と通称しましたとさ。
そんで、思い付いたんだけど、お酒に桜白波って有るけど……!?
(F901iC/FOMA)
18 赤龍
これまだでてませんよね。
「白眉」
同類の中で特に優れている人や物のたとえ。『蜀志』馬良伝。
ところで、国語辞典とか見てると「長兄の馬良を〜」て間違った記述してるのが結構ありますよね。
「白眉」
同類の中で特に優れている人や物のたとえ。『蜀志』馬良伝。
ところで、国語辞典とか見てると「長兄の馬良を〜」て間違った記述してるのが結構ありますよね。
(J-SA05)
19 郭嘉
では「白」にちなんで…
「白眼視」
人を冷たく見ること。また、その目つき。
竹林の七賢の一人元籍が、俗界の偽善的な礼儀・習慣などに反発して俗人には白眼で対し、高潔な脱俗の士とは青眼(歓迎の目つき)で交わり、濁った乱世に青白眼を自在に使い分けて生きた事による。
よく「白い目で見る」と言いますが…これから来たんですかね?
「白眼視」
人を冷たく見ること。また、その目つき。
竹林の七賢の一人元籍が、俗界の偽善的な礼儀・習慣などに反発して俗人には白眼で対し、高潔な脱俗の士とは青眼(歓迎の目つき)で交わり、濁った乱世に青白眼を自在に使い分けて生きた事による。
よく「白い目で見る」と言いますが…これから来たんですかね?
(EZ)
23 漢森
言葉じゃないけど
『まごのて』
曹丕の『列異伝』から
仙女の麻姑(まこ)が爪を伸ばしているのを見て「それで背中を掻いてもらったら気持ちよさそう」と茶化した男を殺した、て話から
『麻姑の手』が訛って『孫の手』になったそうな
『まごのて』
曹丕の『列異伝』から
仙女の麻姑(まこ)が爪を伸ばしているのを見て「それで背中を掻いてもらったら気持ちよさそう」と茶化した男を殺した、て話から
『麻姑の手』が訛って『孫の手』になったそうな
(P900i/FOMA)
27 赤龍
「呉下の阿蒙」
いつまでたってもいっこうに進歩しない者。昔ながらの無学な者。
これまた有名なのにまだですよね。褒め言葉の場合は「呉下の阿蒙に非ず」と。
『呉志』呂蒙伝注『江表伝』より
いつまでたってもいっこうに進歩しない者。昔ながらの無学な者。
これまた有名なのにまだですよね。褒め言葉の場合は「呉下の阿蒙に非ず」と。
『呉志』呂蒙伝注『江表伝』より
(J-SA05)
28 削除済
29 ストップ
>>27たはは(汗)
皆、初めての人が書きやすい様にとっててあげているんですよ(笑)赤龍さんみたいな知識人は、もっと偶にしか使わない言葉を。まぁ、基本からきっちりというのが、赤龍さんの真面目なところかもしれませんね。
「一将功成りて万骨枯る(いっしょうこうなりてばんこつかる)」
一人の大将が認められる為に、多くの人が死ぬという意味。ジャパニーズサラリーマンの生き方にも共通する。出典は曹植の詩から。
皆、初めての人が書きやすい様にとっててあげているんですよ(笑)赤龍さんみたいな知識人は、もっと偶にしか使わない言葉を。まぁ、基本からきっちりというのが、赤龍さんの真面目なところかもしれませんね。
「一将功成りて万骨枯る(いっしょうこうなりてばんこつかる)」
一人の大将が認められる為に、多くの人が死ぬという意味。ジャパニーズサラリーマンの生き方にも共通する。出典は曹植の詩から。
(PC)
30 えいじ
初めまして。最近、このサイトをちょくちょく拝見させてもらってる、えいじと申します。皆様、以後お見知りおきを。 ところで、↑の「一将功成りて〜」の出典は、晩唐の詩人、曹松の詩だったんじゃないかと思うんですけど?記憶違いならゴメンナサイ。
(P900iV/FOMA)
31 ストラップ
今ネットで調べました。たはは。申し訳ない。嘘を覚えていました。曹松の亥歳詩と、何処のサイトでも解説していますね。
では改めて、一つ。
「登竜門(とうりゅうもん)」
後漢の末、党人のリーダー李膺のお気に入りになると出世出来た事から、彼の派閥に所属する事を、出世欲の強い人達がこう呼んだのが始まり。
では改めて、一つ。
「登竜門(とうりゅうもん)」
後漢の末、党人のリーダー李膺のお気に入りになると出世出来た事から、彼の派閥に所属する事を、出世欲の強い人達がこう呼んだのが始まり。
(PC)
38 赤龍
>>29
そうでしたか、それは申し訳ないです(笑)ではちょっと趣向を変えて中国で使われていることわざを
「説到曹操、曹操就到」(曹操の事を言うと、曹操がやってくる)
「噂をすれば影」に近い意味でしょうか。小型の中国語辞書にも載ってるくらい、あちらではよく使われるそうです。
そうでしたか、それは申し訳ないです(笑)ではちょっと趣向を変えて中国で使われていることわざを
「説到曹操、曹操就到」(曹操の事を言うと、曹操がやってくる)
「噂をすれば影」に近い意味でしょうか。小型の中国語辞書にも載ってるくらい、あちらではよく使われるそうです。
(J-SA05)
41 赤龍
再びことわざシリーズ
「赤体上陣」(はだ脱ぎになって戦場にのぞむ)
演義の許チョ対馬超の一騎打ち、決着がつかない中、許チョがいきなり鎧を脱ぎ捨て上半身裸でいどんだ事より。「全然準備なしで事を行う」という意味に使われ、さらに何故か「公然と悪事を行う」という意味で使われるように…。あんまりだと思います(笑)
「赤体上陣」(はだ脱ぎになって戦場にのぞむ)
演義の許チョ対馬超の一騎打ち、決着がつかない中、許チョがいきなり鎧を脱ぎ捨て上半身裸でいどんだ事より。「全然準備なしで事を行う」という意味に使われ、さらに何故か「公然と悪事を行う」という意味で使われるように…。あんまりだと思います(笑)
(J-SA05)
42 しす
「胆斗の如し」
蜀書姜維伝注より
意味は「胆が据わっていること」「度胸があること」
しかし姜維の死体を割いたら胆があまりに大きかったということからなのですが…
よく考えたら死体の腹を割いて、臓物取り出して「でけぇなぁ!」とか嘆息してる感覚もよく解りませんよね(苦笑)
蜀書姜維伝注より
意味は「胆が据わっていること」「度胸があること」
しかし姜維の死体を割いたら胆があまりに大きかったということからなのですが…
よく考えたら死体の腹を割いて、臓物取り出して「でけぇなぁ!」とか嘆息してる感覚もよく解りませんよね(苦笑)
(PC)
45 くわぁまん
「孟宗竹」タケノコの名前
呉の人で孟仁、もとの名は孟宗と言う。李粛に師事し小役人から司空にまで昇った努力家。
親孝行で有名で、筍好きの母親に季節外れの冬竹林入って念じると筍がみるみると生えてきたと言う。孟宗竹はかれの名に由来する…
呉の人で孟仁、もとの名は孟宗と言う。李粛に師事し小役人から司空にまで昇った努力家。
親孝行で有名で、筍好きの母親に季節外れの冬竹林入って念じると筍がみるみると生えてきたと言う。孟宗竹はかれの名に由来する…
(F901iC/FOMA)
47 しす
では赤龍殿と同じ中国のことわざシリーズで…
「過五関斬六将」(五関にて六将を斬った)
向かうところ敵なしの意です。
付随して
「只説過五関斬六将、不説走麦城」(五関で六将を斬った話はするが、麦城に逃げた話しはしない)
成功話はするが、失敗話はしないという意です。
神様相手に結構ストレートに行きますねw
「過五関斬六将」(五関にて六将を斬った)
向かうところ敵なしの意です。
付随して
「只説過五関斬六将、不説走麦城」(五関で六将を斬った話はするが、麦城に逃げた話しはしない)
成功話はするが、失敗話はしないという意です。
神様相手に結構ストレートに行きますねw
(PC)
49 しす
「読書百篇、義 自ら見る」
魏書王朗伝、裴注より董遇の言葉。
一冊の本を何度も繰り返し読めば、その本の真意は人に聞かずとも解るという意。
どらさんの日記を読んでこの言葉を思い出しました^^
魏書王朗伝、裴注より董遇の言葉。
一冊の本を何度も繰り返し読めば、その本の真意は人に聞かずとも解るという意。
どらさんの日記を読んでこの言葉を思い出しました^^
(PC)
52 ストラップ
「山不厭高」
(やまはたかきをいとわず)
山は高ければ高い程良いという事。転じて、(特に徳などが)多い方が良い、沢山の方が良いという意味に用いられる。「海不厭深」も同意。
出典「短歌行」
(やまはたかきをいとわず)
山は高ければ高い程良いという事。転じて、(特に徳などが)多い方が良い、沢山の方が良いという意味に用いられる。「海不厭深」も同意。
出典「短歌行」
(PC)
53 ストラップ
「海内の奇士(かいだいのきし)」
海内は国の中で、奇士は優れた人。天下に類が無い位優れた人。
出典は巻七魏書呂布臧洪伝、張超が臧洪を誉めた言葉。
(張)超曰く、「(臧)洪は才略智数(張)超に優れ、(張)超甚だ之を愛す。海内の奇士なり」
超曰「洪才略智数優超、超甚愛之、海内奇士也」
嘘訳だったらごめんなさい。
海内は国の中で、奇士は優れた人。天下に類が無い位優れた人。
出典は巻七魏書呂布臧洪伝、張超が臧洪を誉めた言葉。
(張)超曰く、「(臧)洪は才略智数(張)超に優れ、(張)超甚だ之を愛す。海内の奇士なり」
超曰「洪才略智数優超、超甚愛之、海内奇士也」
嘘訳だったらごめんなさい。
(PC)
56 しす
スレの内容とは微妙にズレますが、先日『宮廷女官チャングムの誓い』を観ていたら、「鶏肋」の話しが出てました。
主人公チャングムが受けた試験の第二問目の問題で
「曹操が漢中を攻め、退却する時に用いた暗号は?」
みたいなそんな問題で、それに対しチャングムが
「それは鶏肋です。曹操は漢中を鶏の肋に例えて〜」
と才女っぷりを発揮するエピソードでした。
韓国でも三国志のエピソードはポピュラーなんですね。
主人公チャングムが受けた試験の第二問目の問題で
「曹操が漢中を攻め、退却する時に用いた暗号は?」
みたいなそんな問題で、それに対しチャングムが
「それは鶏肋です。曹操は漢中を鶏の肋に例えて〜」
と才女っぷりを発揮するエピソードでした。
韓国でも三国志のエピソードはポピュラーなんですね。
(PC)
57 元歎
僕も『チャングムの誓い』見ましたよ(笑) なかなか面白かったです。そのほかにも、いろいろ三国志関係のことが出てますね。『諸葛孔明の如く〜』とか『饅頭は諸葛孔明が南征の折に〜』などなど。まあ、出てくるのは諸葛亮関係のことばっかりでしたがf^_^;
(PC)
58 ストラップ
「計を以って戦いに代うれば、一は万に当たる」
策を用いる人は強いという事。
出典:卷三十四 列伝第四 杜預伝
故軍中為之謡曰「以計代戦一当万」
>>7
孫子作戦篇にあるのは、正しくは「兵は拙速を聞く」ですよ。
「故兵聞拙速、未睹巧久也」
策を用いる人は強いという事。
出典:卷三十四 列伝第四 杜預伝
故軍中為之謡曰「以計代戦一当万」
>>7
孫子作戦篇にあるのは、正しくは「兵は拙速を聞く」ですよ。
「故兵聞拙速、未睹巧久也」
(PC)
60 ストラップ
あんまりにも有名なのですが、今まで曹操の言葉とは識りませんでした。
「在利思害、在害思利」
意味:有利な時も不安要素に考慮し、不利な時も有利な条件を見出だし勝ちを諦めない。
出典:「十一家注孫子」
「在利思害、在害思利」
意味:有利な時も不安要素に考慮し、不利な時も有利な条件を見出だし勝ちを諦めない。
出典:「十一家注孫子」
(F2102V/FOMA)
61 ストラップ
「緩兵之計(かんぺいのけい)」
意味:時間稼ぎの事
出典:「三国志演義」九十九回の張コウの言葉。
コウ曰く、「孔明緩兵の計を用い、漸く漢中に退く、都督何故に懐疑して早く之を追わざるや」と。
意味:時間稼ぎの事
出典:「三国志演義」九十九回の張コウの言葉。
コウ曰く、「孔明緩兵の計を用い、漸く漢中に退く、都督何故に懐疑して早く之を追わざるや」と。
(PC)
63 ストラップ
>>62
「騎虎の勢い」の語源は、「隋書巻三十六 列伝第一 后妃 文献独孤皇后伝」
の
「大事已然、騎獣之勢、必不得下、勉之」
では?
それと、絵文字と「伊舎那住人」という解る人にしか解らないカキコは控えた方が好ましいですよ。
「騎虎の勢い」の語源は、「隋書巻三十六 列伝第一 后妃 文献独孤皇后伝」
の
「大事已然、騎獣之勢、必不得下、勉之」
では?
それと、絵文字と「伊舎那住人」という解る人にしか解らないカキコは控えた方が好ましいですよ。
(PC)
66 ストラップ
調べてみると、案外に身近に三国志の時代の言葉はあるのかも知れませんね。今回も普段良く使う言葉です。
まぁ今回は原典に当たらず、孫引きで恐縮ですが……
「爛柯(らんか)」
囲碁の別名。日本棋院発行の雑誌が以前「爛柯」であった。
晋人王質が山に入って神仙の打つ碁を見ているうちに時間が経ち、斧の柯が爛れた事から。
出典:志林
虞喜の志林は、裴松之注で引かれる書物ですよね?僕の記憶では、諸葛恪伝に費イの囲碁好きが引かれていたのが志林だったと記憶しています。
この「爛柯」の故事、「信安山有石室」から始まるそうで、「信安」という地名は太康元年(280年)からのものだそうです(それ以前は「新安」だとか)。で、虞喜は呉の永安年間(258-264年)に生まれ、永和年間(345-356年)に没している様ですから、これが書かれたのは、ギリギリ三国志の時代の可能性がありますね。
まぁ今回は原典に当たらず、孫引きで恐縮ですが……
「爛柯(らんか)」
囲碁の別名。日本棋院発行の雑誌が以前「爛柯」であった。
晋人王質が山に入って神仙の打つ碁を見ているうちに時間が経ち、斧の柯が爛れた事から。
出典:志林
虞喜の志林は、裴松之注で引かれる書物ですよね?僕の記憶では、諸葛恪伝に費イの囲碁好きが引かれていたのが志林だったと記憶しています。
この「爛柯」の故事、「信安山有石室」から始まるそうで、「信安」という地名は太康元年(280年)からのものだそうです(それ以前は「新安」だとか)。で、虞喜は呉の永安年間(258-264年)に生まれ、永和年間(345-356年)に没している様ですから、これが書かれたのは、ギリギリ三国志の時代の可能性がありますね。
(F2102V/FOMA)
67 ストラップ
>>66
「爛柯伝説」の主役、王質は、字を子仙というとか、弟の名は貴で、年が離れていた……など後々沢山の設定が付く様ですが、この人のモデルは、宋の時代の王微説が有力らしいです。ちなみに王質では無く、王樵と書かれた資料もあるとか。
あと同じく囲碁を指す、「手談」と「坐隠」の出典は「世説新語」とか。こちらは今度、図書館の平凡社訳で確認してみます。
孫引きばかりで申し訳ない。
「爛柯伝説」の主役、王質は、字を子仙というとか、弟の名は貴で、年が離れていた……など後々沢山の設定が付く様ですが、この人のモデルは、宋の時代の王微説が有力らしいです。ちなみに王質では無く、王樵と書かれた資料もあるとか。
あと同じく囲碁を指す、「手談」と「坐隠」の出典は「世説新語」とか。こちらは今度、図書館の平凡社訳で確認してみます。
孫引きばかりで申し訳ない。
(F2102V/FOMA)
69 崇英
『麒足を展ぶ』(きそくをのぶ)ですね。
そういえば、このスレッドの中に出した『一日の長』(いちじつのちょう)もホウ統伝からだなぁ……。
もう一つ、いきますか!
『英雄のみる所はほとんど同じ』
こりゃそのまま、才能の人が考えることは
自然と似てくると云う意味です。
じゃあ、今度は諸葛さん系で…
『はじめて茅蘆を出る』
でも使われる意味は、経験のない若者を指す(汗)
そういえば、このスレッドの中に出した『一日の長』(いちじつのちょう)もホウ統伝からだなぁ……。
もう一つ、いきますか!
『英雄のみる所はほとんど同じ』
こりゃそのまま、才能の人が考えることは
自然と似てくると云う意味です。
じゃあ、今度は諸葛さん系で…
『はじめて茅蘆を出る』
でも使われる意味は、経験のない若者を指す(汗)
(PC)
70 ストラップ
「その備えざるを襲う(掩其不備)」
準備前の敵を攻撃しろという意味。
出典:資冶通鑑
荀攸曰「今兵少不敵、必分其勢乃可。公到延津若将渡兵向其後者。紹必西応之。然後軽兵襲白馬、掩其不備、顔良可禽也」
荀攸曰く「今兵少なくして敵せず、必ず其れの勢いを分かたば乃わち可ならん。公延津に到り将に兵を渡して其の後に向かわんとする者の若しくせば、紹必ず西して之に応ぜん。然る後軽兵白馬を襲い、其れの備えざるを掩わば、顔良をば禽にす可からん」
準備前の敵を攻撃しろという意味。
出典:資冶通鑑
荀攸曰「今兵少不敵、必分其勢乃可。公到延津若将渡兵向其後者。紹必西応之。然後軽兵襲白馬、掩其不備、顔良可禽也」
荀攸曰く「今兵少なくして敵せず、必ず其れの勢いを分かたば乃わち可ならん。公延津に到り将に兵を渡して其の後に向かわんとする者の若しくせば、紹必ず西して之に応ぜん。然る後軽兵白馬を襲い、其れの備えざるを掩わば、顔良をば禽にす可からん」
(PC)
71 礼文
単発の質問なんで初心者スレにしようか迷ったのですが、内容的にこっちが適当と判断しました。埋もれてるスレ掘り返してごめんなさいm(_ _)m
晋書・阮籍伝に
「籍又能為青白眼、見礼俗之士、以白眼対之」
とあります。
人を冷めた目で視ることを白眼視するといいますが、これが出典なのでしょうか?もっと前にこの言葉はあったのでしょうか?
晋書・阮籍伝に
「籍又能為青白眼、見礼俗之士、以白眼対之」
とあります。
人を冷めた目で視ることを白眼視するといいますが、これが出典なのでしょうか?もっと前にこの言葉はあったのでしょうか?
(EZ)
76 巫俊(ふしゅん)
「孟宗竹」についてですが、
孟宗竹が中国から日本に移植されるようになったのは江戸時代らしいです。
享保年間(1716〜1735)の将軍・徳川吉宗は本草学(動植物学)に関心があり、日本の国々村々のすべての動植物を記録した『産物帳』という書籍をつくらせています。
そこに孟宗竹が諸国に普及してることが書かれているとか。
「1736年。島津藩主が琉球から2株導入した」竹は江南竹といって、孟宗竹はこの時期以前から日本に普及していたということです。
グーグルで検索すると、鎌倉時代に日本に伝来したとか書いてあったりもするんですが、これは一体。
孟宗竹が中国から日本に移植されるようになったのは江戸時代らしいです。
享保年間(1716〜1735)の将軍・徳川吉宗は本草学(動植物学)に関心があり、日本の国々村々のすべての動植物を記録した『産物帳』という書籍をつくらせています。
そこに孟宗竹が諸国に普及してることが書かれているとか。
「1736年。島津藩主が琉球から2株導入した」竹は江南竹といって、孟宗竹はこの時期以前から日本に普及していたということです。
グーグルで検索すると、鎌倉時代に日本に伝来したとか書いてあったりもするんですが、これは一体。
(PC)
78 ストラップ
漢字検定でしか殆ど見ない四字熟語ですが、戢鱗潜翼というのもそうですね。司馬懿の事です。
戢鱗は魚が鱗を窄めじっとしている事、潜翼は鳥が翼を収めている事の様です。
「戢翼(官を退く事)」という言葉もありますし、「潜」は水中のイメージですから、奇妙な感じはしますね。
戢鱗は魚が鱗を窄めじっとしている事、潜翼は鳥が翼を収めている事の様です。
「戢翼(官を退く事)」という言葉もありますし、「潜」は水中のイメージですから、奇妙な感じはしますね。
(PC)
80 せぐ吉
お邪魔します。
曹叡が曹芳の後見人決める際に
登場した孫資。
この人の孫の孫楚が
「漱石枕流」の人で、
意味:負け惜しみの強いこと
出展:世説新語
さらに孫の孫の孫康が
「蛍雪の功」の人だとか。
意味:苦労して勉学に励むこと
出展:晋書(車胤伝)
三国志から外れてしまいますが。
曹叡が曹芳の後見人決める際に
登場した孫資。
この人の孫の孫楚が
「漱石枕流」の人で、
意味:負け惜しみの強いこと
出展:世説新語
さらに孫の孫の孫康が
「蛍雪の功」の人だとか。
意味:苦労して勉学に励むこと
出展:晋書(車胤伝)
三国志から外れてしまいますが。
(PC)