1 天草

ここが違うよ。演義と正史

最近は討論場が落ち着いているようなので、一つ企画モノを提案します。

我々を魅了して止まない最高の小説・三国志演義と、博物館のバイブル正史・三国志。
この両者には、数多くの違いがありますよね。

決定的な違いから、意外な違いまで、多くのものを集めて、『初心者の館』コーナーで発表したく思います。

ドシドシ、気が付いたものを書き込みください。
(PC)
2 丁氏
はじめまして、丁氏と申します。
いつも楽しく拝見させて頂いてます。
正史の方は読んでないのでまだまだ不勉強ですが、お邪魔させてください。
話に聞く正史と演義の違いでやっぱり気になるのは、夏候惇の武勇についてで…不思議なモノです。
(W32H/au)
3 しす
演義と正史…違いは数え上げたらきりがないのですが、基本は劉備を善玉にまつりあげるためのものが多いですよね。
最大のものはやはり劉備が漢室の末孫であることを献帝自身に認めさせてしまったことじゃないでしょうか。
しかもこの演出が後になって赤壁決戦前の孔明vs呉の文官達との舌戦でいい感じのカウンターとして名場面を産み出すことに成功してます。

余談ですが、どこかで触れましたけど吉川英治はそこに更に先祖伝来の剣を登場させることで劉備の正当性を強めていますが、「父親の剣を息子が受け継ぐ」というシュチュエーションはファンタジーものの王道ですよね。
アーサー王のエクスカリバー然り、
フロド・バギンズのつらぬき丸然り、
ルーク・スカイウォーカーのライトセイバー然り。
(PC)
>>2
はじめまして。これからも宜しくお願いしますね。

夏侯惇については>>>107でもやっています。こちらでも「三国志」と「三国志演義」との違いで議論される事は多いですから、是非覗いてみて下さいね。
(PC)
5 天草
>>2
初めまして。
よろしくお願いしますm(__)m
確かに私も、初めて知った時は惇兄ぃのイメージの違いに驚きましたね。
カルチャーショックを受けました。

>>3
しすサンらしい例えの発想で(笑)
劉備の剣のシーンって、どんなシーンでしたっけ?

やはりしすサンの仰る通り、劉備関係の脚色がたくさん出てきて当然だと思いますね。

私が一つ、その代表を上げるなら、もちろん桃園のシーンですね。

他にもご存じの創作シーンがあれば教えて下さい。
(N902i/FOMA)
6
やはり虎牢関の戦いでしょうか。まさに三兄弟VS呂布は、呂布の天下無双を示す戦いでしょうね。ですが、さすがにそれでは関・張が弱く見えてしまう"笑
(EZ)
7 しす
剣の話が出てきたので(っておまいが出したんだろ!ってユッコミはなしね)武器関連の話をば。
>>>54
>>>268
辺りも参照していただくとして…
やはり演義では三国時代には使用されていなかった武器のオンパレードですよね。
これは>>>54-89-90で天草殿と赤龍殿が触れられていますが。
また主要キャラには特徴的な武器を持たせているのも注目。

>>6
そのシーンはたぶん三兄弟の出番を増やすために作られた演出でしょうね。
呂布の強さを強調することで、序盤の敵、呂布を印象付けたかったのではないでしょうか。
某シ○卿vs師弟対決と似たようなもんでしょうか。

>>5
劉備の父祖伝来の剣は、吉川三国志冒頭のお茶を買って故郷に戻るところで象徴的な小道具として登場しますよ。
身なりは粗末なんだけど、剣だけはなぜか立派というスタイルで劉備登場。
黄巾にとっ捕まるんだけど、張飛に助けられて「あなたのような人にこそ、この剣は相応しい」とか何とか言ってあげちゃうんですよね。
で母の許に帰ってきた時に剣を手放したことを話すと、母親が怒ってせっかく買ってきた茶を投げ捨ててしまう。
そこで母が劉備に出自を教えるとかそんな話だったと思います。
ここまで偉そうに書いてきましたがうろ覚え(汗)
あ、この剣はあとで張飛と再会した時に返してもらってましたよね…たしか。
(PC)
8 天草
>>7
お〜!!
その場面がありましたね。
現代のRPGを思わせるような、素晴らしい演出ですな♪
(PC)
9 しす
正史では結構暴れ者の公孫サン、陶謙、馬超辺りが比較的真っ当な人物として描かれているのはやはり劉備君のおかげですよね。

>>8
吉川英治という人はヒロイックファンタジーにおける英雄の描き方というのをよく解っていたのではいたのではいたのていう気がします。
吉川三国志で劉備が母親の存在を理由に義勇軍結成を渋るのは、叔父夫婦の存在を理由にオルデラーンへ行くことをためらうルークの姿と被るものがあります。
神話研究で有名なジョーゼフ・キャンベルによると、英雄たる者は一度はこうして冒険に出ることを躊躇うものなのだそうです。
(PC)
10 しす
>>9
吉川英治という人はヒロイックファンタジーにおける英雄の描き方というのをよく解っていたのではいたのではないかという気がします。
の間違いでしたね(汗)

それだけではアレなので…
劉備贔屓ってことで能力劣化著しい魏呉の将の中で張遼、太史慈なんかは比較的まともな扱いを受けてる気がします。
やはり主人公達と絡みが多いと役得ってことですかね。
(PC)
11 赤龍
劉備の先祖伝来の剣、あの場面以降消息不明ですよね(笑)
劉備の母の存在も、確か演義には書かれてない、吉川英治の創作ですよね。
演義の桃園結義ではあまりにあっさりしすぎている。そこで吉川英治は序盤に大幅な創作を加えることで、読者に劉備、関羽、張飛の三者のキャラクターの特徴をしっかりと印象づけておく。あの創作部分、導入部としては非常によくできたアレンジだと思います。
余談ですが、関羽が子供相手に塾の先生というのは、柴田錬三郎の三国志にも受け継がれています。さらにここでは、趙雲がそこで学んでいた子供の一人に。
あれ、これじゃ「演義と吉川三国志」になっちゃいますね。脱線失礼しました。
(PC)
12 赤龍
>>>94-23でもふれられてますが、正史と演義で死に場所・死に様が違う人も多いですね。
特に関羽の死に関わった人達は、祟りにあったり、蜀将に殺されたりと、念を入れて復讐が行なわれてますね。
(PC)
13 天草
>>11を読んで思いましたが、人によって『演義』と呼ぶ作品に違いがあるのでしょうね。

通俗演義を『演義』と呼ぶ人、吉川作品を『演義』と呼ぶ人…ごちゃ混ぜになってる方も多いでしょう。

博物館内では、一般に『正史』とは『三国志』『後漢書』などを指しますが、『演義』も何を指すのか?これを明記した方が良いのかも知れませんね。
初心者の館に掲載する内容は『正史と演義の違い』、『通俗演義と吉川三国志の違い』という二つの項目を作った方がより分かりやすい気もしてきました。

スレ違い、申し訳ありませんでした。
(N902i/FOMA)
14 しす
>>13
演義の前身である平話などもありますから、正史としての三国志と小説としての三国志という区切りでもいいんじゃないですか。
吉川三国志=演義と言うよりも、吉川三国志=三国志と誤認している人の方が多い気がしますしね。
(PC)
15 巫俊
しすさんがおっしゃってるように、いっそのこと正史を神話学の立場から書き換えて叙述していみると物語として一番鋭さが増すかもしれません。
正史の良いところは、演義のようなクサい演出が制限されていることで、それは中国の正史の人物伝が現実主義によって書かれているからですが、ここに神話学的な立場からの現実主義(つまり人間のそうありたいとという願望を物語として表現できる神話的表現)を加えれば、文字通り三国志版のスターウォーズになってしまうと思います。
(PC)