1 イレイザー健◆X0GH

ゲゲゲイの悪太郎(後編)

以上のような訳で、悪太郎はしばらくの間、言うべき言葉を見つけられず無言を貫いていた。
2 ◆X0GH
とんぬらりひょんはとんぬらりひょんで、無粋な質の為か、ことさら気まずさを感じているようでもなく、物思いにでも耽っているかの様に、こちらもまた黙ったままであった。
3 ◆X0GH
ややして、この均衡を破ったのはやはり耐えかねた悪太郎の方であった。
「とんぬらりひょん!人間界から手を引きなさい!あなた達のやっていることは仁義あることではないわ!ただの虐殺よ!」
4 ◆X0GH
彼は『禿げ』の話題をあたかもそれが初めから無かったかの如く無視した。そうすることで彼は、自分は毛髪のことなど気にしていない、という意思表示にしたかったのだ。
5 ◆X0GH
しかし次の瞬間、老人はその凶器とも言える無邪気さで、彼に斧のような更なる一撃を加えた。
「うるさいわい若禿げ。」
6 ◆X0GH
若禿げ。知っての通り若くして禿げた者のことを言う。それまで悪太郎は禿げ、という大きなカテゴリーの中に属されていた。禿げは世の中に大勢居る。まさに今目の前に居る老人こそもその一人であった。
7 ◆X0GH
その事が悪太郎にとって大きな唯一の救いになっていたことは言うまでもない。
しかし彼は今、若禿げ、という禿げの中でも稀なケースに分類された。
8 ◆X0GH
こうなればもう彼に救いは無かった。言わば禿げ階級の最下層に収まってしまったのだ。
「おどれこん畜生が!」
9 ◆X0GH
悪太郎は久しく忘れていた身もたぎる様な怒りに突き動かされ体裁を気にせず男言葉でそう叫んだ。そして迷うこと無く怒りの対象である老人に向け毛針を放った。
10 ◆X0GH
毛針とは禿げにとって最高に残酷な自虐的攻撃手段である。ただ、彼にはもはや開き直る以外に己の感情を抑える術が無かった。
彼の頭から無数の尊き命が飛んでゆく。
11 ◆X0GH
しかしその身は細く、短く、昔のようなたくましい針金のような様にはならなかった。
12 ◆X0GH
悲しいことに、彼の頭からは、パラパラとふりかけのようなものが芥のように、フケのように老人の元へ、無害なる穏やかな風にすら邪魔されながら飛んでゆくだけであった。
13 ◆X0GH
当然そんなものが殺傷能力を持ち得るはずがなく、老人は苦笑いしながら着物に付いたゴミとも毛とも知れぬものをぱたぱたと手で払った。
「禿げは元も子も無いのう。」
14 ◆X0GH
と老人は悪太郎を見下して言った。
悪太郎はほとんど無意識に頭のてっぺんに手をやり、その行為を己で気付いて恥じた。
15 ◆X0GH
彼はその恥を振り切るように次の一撃を放つ。
「それ!それ!」
内股の足から繰り出されたリモコンハイヒールが老人を一直線に襲った。