17 大伴
武帝紀と、賈ク伝を合わせて張繍の追撃戦(曹操の後退)を読むと、戦術に関して言えば、

賈ク>曹操>苟イク

という事がはっきりとわかります。特に苟イクは軍中にありながら、全く曹操の意図するところに気付いていません。
曹操の後退は、足の遅い輜重を先に退避させ、補給物資を下がる戦闘部隊に逐次交付できる状態を作っていますし、又、伏兵を置いて敵の追撃速度を低下、逆襲までできる程の手を打っています。実に理想的なのですが、苟イクは基本的なこの事を理解していません。

私はこれを、「苟イク無能説」の証拠の一つとして上げたいと思います。


「苟イク無能説」については>>>28で近日中に!!!
(F2102V/FOMA)