24 ストラップ
孫引きで恐縮ですが、前スレッドの>>>2-96-97で書かれていた、呂布が弓を左右で撃ち別けた話に近いものを発見しました(ちなみに陳宮と曹性に関しては全く無し)。

牧野治三著「弓の文学史 那須与一は正鵠を射たか」によると、五世紀頃作られた児童用識字書「千字文」の句、
「布射遼丸 ケイ琴阮嘯(呂布は弓に優れ、宜遼はお手玉に優れた。ケイ康は琴の名手で、阮籍は口笛が巧みであった)」
の注釈「李註」に、「……馬に乗って左右を弓でいるのが上手だった」とあるそうです。
>>>2-96が参考にした書物は、これを「左右の手」と読み違えたのでは?

しかし呂布は名で呼ばれているのに、竹林の七賢の二人は姓で呼ばれているのでしょうかね(笑)
(F2102V/FOMA)
25 赤龍
『千字文』は、その名の通り四字一句、二百五十句、計千文字からなり、その千字は一字として重複することはなし。そのため、漢字を学ぶテキストとして使用されたそうです。
で、呂布を姓の「呂」でなく、名の「布」を使ったのは、『千字文』の中に「律呂調陽」という句があり、「呂」の字を使うと重複してしまうからじゃないのかな?と思いましたがどうなんでしょうか?
(PC)