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【丞相】

 天子を丞(たす)けて、万機を司る官。あるいは天子に代わり職責を負う者。職務は多岐に渡る。日本の官職にあてはめれば、丞相は太政大臣に総理大臣。左右丞相はそれぞれ左大臣・右大臣となる。


 戦国時代に、楚を除く大半の国が置いた官である、相が元となっている。一般的には、宰相と言う方が分かりやすいかな。

 漢の前身となる秦では、前328年に初めて相国を置き(張儀が就任)、前309年に左右丞相を置く(左丞相は甘茂、右丞相は樗里疾で、二人一緒に史記には列伝がある)。
 秦は、二丞相制が続き(例外あり)、前漢初期に丞相は一人となる(二度、左右丞相に分かれている)。

 前漢では、丞相(大司徒)は一人となり、大尉(大司馬)と御史大夫(大司空)と併せて三公とする。大尉は常設では無かったようであり、御史大夫は丞相の副官にあたるから、実質は丞相が最高位であった。
 前漢の中期以降は皇帝に権力が集中し(特に武帝)、丞相の職務が減って権威が落ちる(代わりに皇帝の側近が力を持ってくる)。
 晩期・末期は外戚や宦官の横行により、有名無実だった(この辺りは、きちんと調べられてないので、違うかも)。

 新は飛ばし、後漢初期においては、丞相は名誉職(上公)となって消え、三公は大尉・司徒・司空の三つとなる。
 後漢は皇帝の多くが早世したために、宦官が政治を握り、皇帝の秘書役である尚書が権力を握った。

 後漢末に董卓が相国(丞相に特権が付いたもの)となり、曹操が三公を廃止し丞相となって復活する。



司馬懿、司馬昭(相国)


諸葛亮

呉 孫邵、顧雍、陸遜、歩シツ、孫峻、孫リン、濮陽興、陸凱(左丞相)・万イク(右丞相)、張悌


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(P900i/FOMA)