57 赤龍
天草さんの言わんとすることは理解していますが、『三国志』『後漢書』(いわゆる正史の類)を「ある意味絶対的な存在」という表現にはちょっとひっかかってしまいます。
史料は正史に限られたわけでもなく、また『三国志』の記述が絶対正しい訳ではなく、全て鵜呑みにしてはいけない。
次の項の内容で、それらのことを天草さんがわかっておられるのは明白ですが、どうも誤解をうんでしまいそうな表現だなあと思いました。
(PC)
あ、sage忘れてました。すいません。
私的には『三国志』は「先ず最初に参考にすべき史料」「最も基本とすべき史料」ぐらいの意識であつかっています。
(PC)
>>58
そこが一番難しいとこです(>_<)
正史を絶対ではないとしたら、いくら引用を持ち出しても
「それはあくまでも正史に記載されてるだけですから…」
となってしまいます。
それを考えた上で、上記の言い方をしたわけです。

つまり…正史は絶対的な教科書であるが、必ずしも正しいとは限らない…と。

曖昧な言い方ではありますが、この様な考え方が一番臨機応変で、融通が効く様な気がするのです
(N900i/FOMA)