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 脱線しすぎました。すいません。
 先程の寿君さんの話、成程と思いました。確かに、流浪生活の長かった劉備なら、独自の人を見る目が備わっていたとしても不思議ではありません。また、陳寿は『三国志』において、劉備のことを「先主」と書いているのに対し、呉の孫権に対する記述は「呉王権」と諱をそのまま載せてますから、二番目の説も可能性はおおいに有ると思います。
しかし、馬謖も有能ではあったのに惜しいですね。幼い頃から有望だ有望だと言われていると、能力面での成長はあっても人間性が成長しなくなるんでしょう。そこが、劉備をして諸葛亮に忠告させた理由なんでしょうね。斬るのは惜しいが、こういう人間は一度の失敗が挽回できない人が多いので、斬らずにおいても前程の活躍が出来たかは疑問ですね。
(P902i/FOMA)