1 天草

官渡の戦い

いよいよ実録シリーズの新シリーズをスタートさせました。今回は今までみたいな早い更改は出来ないですが、頑張ります!

さて内容は私自身も楽しみにしていた官渡の戦いです。そこでこの戦いについて、語り合いましょう。
(PC)
97 寿君
「官渡の戦い」で、袁紹軍は土山の上の高い櫓から曹操軍めがけて一斉射撃。
これに対して、櫓を破壊する為に、曹操は劉曄の進言で、後に「霹靂車」と呼ばれる発石車を作るのですが、宮城谷さんは「中国戦史上最初の砲」と言ってますが、発石車の運用って、これが初めてでしたっけ?。
確か、これ以前にも使用例があるような記憶があるのですが…。ホントに不確実この上ない記憶ですが…。
(P905i/FOMA)
98 朱家
劉備討伐は、南征の伏線と考えています。鳥巣前に袁紹を離れてるはずだから、十月だとして、翌年九月まで、曹操が送った蔡陽と戦ってるとは思えないし、野放しも考えにくいと思います。ショウ駐屯は、一般論である「錦を飾る」を採用してますね。

とりあえず年表を…
@200−十一月、袁紹敗走。
A200−冬、袁紹、ショウ義渠の陣に入る。曹操、許に帰還?
B201−春、曹操、南征を止められ、黄河に向かう。
C201−四月、曹操、倉亭で勝利。
D201−夏、袁紹帰還。
E201−九月、曹操帰還。
F202−正月、曹操、ショウに駐屯。
G202−五月、袁紹死去。
A〜Bの間で劉備討伐?

?は推測を含む。こんな感じでしょうかね。あとは反乱とかで、ほぼ記述全てでも、こんなもんだと思います。
(PC)
99 巫俊(ふしゅん)
『後漢書』の列伝に、墨 子 曰 : 「 備 城 者 積 石 百 枚 , 重 十 鈞 已 上 者 . 」
とあるみたいですけど。
十鈞は60kg以上ありますよね。
(PC)
100 巫俊(ふしゅん)
『墨子』の注釈書に、

説 文 ■ 部 云 「 旗 , 建 大 木 , 置 石 其 上 , 発 以 機 , 以 槌 敵 . 」

■と旗は表示されない字です。旗は代用しました。
「旗」は右下が其ではなく会の旧字体です。

とあります。『説文』は宮城谷が『三国志』の一巻の前半で登場させた漢字の起源を説いた字典ですから、曹操が生まれるずっと前に書かれている訳です。
(PC)