77 諏訪
ここで三国時代の丞相(相国)・大司馬・大将軍について見ていきます。

まず大司馬と大将軍ですが、魏では曹真、蜀では蒋エン、呉では丁奉がそれぞれ大将軍から大司馬に昇進していますから、三国とも大司馬>大将軍です。

次に丞相(相国)と大司馬ですが、まず魏では、大司馬は231年の曹真死後就任者がおらず、一方相国は末期に司馬昭・司馬炎が就任したのみで、併置されていないので比較は困難ですが、司馬昭・司馬炎が就任した相国の方が上の印象があります。

蜀では丞相は諸葛亮のみ、大司馬は蒋エンのみで、こちらも併置されていませんから比較しずらいですが、やはり諸葛亮が就任した丞相の方が上のような印象ですね。

最後に呉ですが、三国の中で呉だけ丞相と大司馬が併置されていますから、比較は容易です。
246年に歩隲を丞相、朱然を左大司馬、全ソウを右大司馬に任命していますが、「呉主伝」のここの記述は丞相・左大司馬・右大司馬の順です。
またそれ以前の地位は、歩隲が驃騎将軍、朱然が車騎将軍、全ソウが衛将軍ですから、三者が順繰りに昇進したと考えれば、やはり丞相>大司馬です。

以上から、丞相(相国)>大司馬>大将軍と考えていいのではないかと思います。
(W51S/au)