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【No.26 Res.0】 その11 1 鈴木♂ ある時、アリスという女性がレオポルトを訪ねて来た。 「不倫スキャンダルに怯えたエミリーが今まで出した手紙を返して欲しいと 言っています、ついてはその使者役として友人の私が手紙を受け取りに参りました」 勿論、アリスはラウラの一人二役だ。 ベールで顔を隠しているが、美しい女だ。アリスは自分は人妻だとも言った。 レオポルトはどうやら「人妻」というのに弱いらしい。 アリスに心惹かれたレオポルトは、彼女と文通をはじめた。 アリスには文才があった。教養はなかったが、貸本を読みあさっているうちに 小説を書く力が自然と身についていたのだ。レオポルトは彼女の才能を見逃さ なかった。小説を書くようにすすめた。発表する媒体もレオポルトが紹介した。 アリスは小説を書いた。「毛皮を着たビーナス」の通俗版のような小説だったが、 貴族の奥様方の暇つぶしには丁度よい読み物だった。アリスはいくばくかの原稿料 を手にした。 この金でアリスは何をしたか。素敵なドレスと靴と帽子を買った。 次にレオポルトに会う時に、貴族の夫人であることを装うために。 お針子女であることがばれないように。
ドレスと靴と帽子を手にしてからは、アリスは頻繁にレオポルトのもとを訪ねる ようになった。 当時レオポルトには実は婚約者がいたが、この時はもう婚約者のことは目に入って いなかった。「アリス」とだけ名乗る謎の人妻に夢中だった。会う時は決して ベールをとらない謎の美女。 レオポルトはアリスに何度か求愛の言葉を投げ掛けた。アリスはイエスともノーとも 言わない。ニッコリ微笑んで手を横に振るだけだった。
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