1 鈴木♂

その15

そこにいるのは、怯えたただのお針子女だった。
ワンダはアリスでもエミリーでもなかった。しかし‥‥レオポルトは思った。
「あの夜、私の背中に鞭をふりおろしたのは確かにこの女だし、今まで私を騙し
通した女である。この女には素質がある。だったらワンダを私の理想の女に
仕立ててやろうじゃないか」
今まで、小説の中で理想のミストレスを書き続けてきたレオポルトが、
実生活で理想のミストレスを作り上げようと考えたのだ。

ワンダが人妻でないのなら。
レオポルトとワンダは正式に結婚した。
グラーツ西北の田園都市ブルックに屋敷を買い生活を始めた。
レオポルトが著作で収入を得、ワンダが家庭を切り盛りする。
レオポルトとワンダの間には二人の子供も誕生した。
レオポルトは著作で忙しかった。ワンダはブルックの社交界へ出入りをし、
貴族の奥様方と語らったりもした。
ワンダの望んだ上流階級の暮らしが訪れた。めでたしめでたし。

いいや。一見平和な家庭だが、そこはレオポルトの作・演出・主演(奴隷役)、
ワンダの共演(ミストレス役)によるマゾの劇場でもあったのだ。
レオポルトは色々な遊びを試みた。
まずは盗賊ごっこ。ワンダと女中のマリーが盗賊になって、レオポルトを
縛り上げるという遊びだ。
縛られたレオポルトはワンダに鞭打ちを求めた。ワンダはマリーの前での
鞭打ちは嫌だと部屋に帰ってしまった。残されたのは、縛られたレオポルトと
鞭を手にしたマリーだ。レオポルトは仕方なくマリーに鞭打たれた。
翌日、その話を聞いたワンダはマリーに嫉妬し激怒、マリーを解雇してしまった。
他にも、体格のいい女中と、レオポルトは本気でプロレスごっこをした。
ワンダはただあきれて見ていた。
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