評伝ザッヘル=マゾッホ


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  【No.30 Res.0】

その7


1 Name 鈴木♂
 
グラーツの上流階級の間でちょっとしたスキャンダルが囁かれた。貴族の息子で
将来有望な青年学者と金満家の人妻の恋。レオポルト25歳の時だ。
二人の子持ちの人妻、アンナ・コトヴィッツと恋に落ちた。二人はよく一緒に
劇場へ行ったり食事に行ったり‥‥、また、人妻の家のパーティに青年学者は
よく呼ばれ、二人は夫や大勢の客の前でもいちゃいちゃしていた。
アンナの夫は二人の恋には無関心を装った。見てみぬふりが家庭円満の秘訣だ
とでも思っていたのか。夫の無関心がまたアンナの不満でもあった。
二人の恋の炎はまたたくうちに燃え上がり、とうとうレオポルトとアンナは
駆け落ちした。

レオポルトは家を一軒借りて独立。二人のささやかな愛の暮らしがはじまると
思いきや、そうはいかなかった。
アンナは金満家の夫との贅沢な暮らしを変えようとはしなかった。
アンナの贅沢な暮らしをささえるためには金がいる。レオポルトが大学の教壇に
立って得られる金ではとても無理、道ならぬ恋の代償として実家の援助を受ける
ことは出来ない。
アンナの生活費を稼ぐため、レオポルトは働かねばならなかった。
レオポルトは生活費のために小説を書いた。これが当たった。レオポルトは
通俗小説家としてたちまち売れっ子になった。毎日部屋に篭って、黙々と小説を
書き、かなりの金を稼いだが、金はたちまち、アンナの毛皮のコートや絹のドレス
や宝石や高価な家具に消えた。
レオポルトは献身的に働いた。しかし、アンナが求めていたのはレオポルトの献身
ではなく、献身によって得られる金だけだった。

そうこうするうちに、アンナは新たな恋人を見つけた。ポーランドから亡命して
来たという元伯爵様だ。
アンナはレオポルトの前で伯爵様といちゃつき、伯爵様の生活費をレオポルトに
出すよう命じた。
流石のレオポルトもぶち切れた。
怒りのベクトルはアンナにはむかず、レオポルトは伯爵に決闘を申し込んだ。
学者のレオポルトに決闘など出来はしまいと伯爵は思ったのだろう。
決闘に受けて立つと言った。レオポルトは警察官僚の息子である。子供の時から
銃の扱いを父より習っていることを伯爵様は知らなかったのだ。
しかし、この決闘は行われなかった。なんと決闘の直前に伯爵様は警察に捕まった。
ポーランドの元伯爵様なんて真っ赤な嘘で、ただのペテン師だったことがわかったのだ。
 
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  【No.29 Res.0】

その8


1 Name 鈴木♂
 
レオポルトはアンナと別れた。
しかし、アンナとの恋により、レオポルトは作家としての道を歩むこととなった。
まだ未発表であるが、「毛皮を着たビーナス」の構想はアンナとの暮らしのうちに
練られていたという。

レオポルト30歳。「コロメアのドン・ジュアン」という作品を発表する。
アンナと別れ、別に金が必要なくなったレオポルトは、一般受けする通俗小説
でなく、自分の書きたいスラブの男女の葛藤を描く物語を書いていた。
これらの作品により、小ロシアの詩人としておおいに注目されはじめていた。
レオポルトのまわりには、女優や女流小説家志望の若い女性たちが集まってきて、
それなりに浮名を流していた。しかし、彼女たちの目的は、注目の人気作家を
とりまいて、自分が仕事を得ようという野心がほとんどであった。

レオポルトの前に一人の少女が現われた。ファニー・ピストールという作家志望の
魅力的な少女で、作品を持ってレオポルトを訪ねて来た。作品はただの少女小説
だったが、レオポルトはファニーの美しさに魅せられた。ファニーを「毛皮を着た
ビーナス」のワンダと重ね合わせた。ファニーなら毛皮と鞭がさぞ似合うに違いない。
レオポルトはファニーに毛皮のコートをプレゼントした。
そして、二人で写真館へ行き、毛皮のコートを着て鞭を手にしたファニー、その横で
下着姿になって跪くレオポルトの2ショット写真を撮った。

それからレオポルトとファニーは、フィレンツェに旅行した。
恋人同士の旅行ではない。
ファニーは毛皮のコートを着た男爵夫人、レオポルトは下男の服を着て彼女の従者
としての旅行だった。
レオポルトはファニーの荷物を持ち、人前で跪き、命令されれば靴に口づけをし、
粗相をして殴られたりもした。
レオポルトは下男の役を演じ、ファニーは男爵夫人を演じたのた。
観客はフィレンツェの社交界人たち。この芝居の作・演出はレオポルト自身だ。
レオポルトはフィレンツェ旅行の六ヶ月間、ファニーの奴隷になるという奴隷契約書
を作り署名した。しかし、これは奴隷契約書というよりは、フィレンツェ旅行の間、
二人がどうふるまうかを事細かに記した、奴隷芝居の脚本のようなものだった。

フィレンツェ旅行から戻ったレオポルトとファニーはすぐに別れた。
ファニーは真のミストレスではなかった。レオポルトはファニーをミストレスに
育てようとしたが、ファニーはレオポルトの脚本通りに男爵夫人の役を演じただけ
だった。
レオポルトから見たファニーは、かつて弟妹に見せた人形劇の人形でしか
なかったのだ。
ライツェンシュタイン夫人はグラーツ文壇では有名な女流作家だった。
レオポルトは彼女と文通していた。二人は一度だけウィーンで会い、美酒に
酔いながら愛や哲学について語った。しかし、それ以上の関係にはならなかった。
ライツェンシュタイン夫人は教養あふれる詩人ではあったが、やはりレオポルトの
理想とは違った。
そうこうするうちに、いよいよ代表作の「毛皮を着たビーナス」発表、
レオポルトの生涯でもっとも深い関係を持つワンダとの出会いがあるが、
それは次回。
 
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  【No.28 Res.0】

その9


1 Name 鈴木♂
 
1871年、代表作となる「毛皮を着たビーナス」を発表する。時にレオポルト、35歳。

※「毛皮を着たビーナス」
青年セヴェリーンは保養地で美しい未亡人ワンダと出会う。
セヴェリーンは毛皮を着たワンダに鞭で打たれる自分の姿を夢想するが、やがて
それが現実のことになる。
セヴェリーンはワンダに求婚するが断わられ、ならば奴隷として仕えさせて欲しい
と跪いて懇願する。ワンダは奴隷ごっこをする気はないと言い、奴隷契約書を書き、
殺生権をワンダに委ね、奴隷制度が法的に認められている国へ行くという条件を
出す。
セヴェリーンは自らの名も地位も棄て、一人の奴隷グレゴールと名前も変えて、
ワンダの奴隷として暮らすこととなる。
精神的にも肉体的にも責め抜かれるセヴェリーン、一方でワンダは男たちに囲まれて
享楽の日々を過ごす。
やがて、二人の前にギリシャ人の男が現われる。ワンダはセヴェリーンを縛り上げると、
ギリシャ人の男が激しい鞭で打ち据える。ワンダとギリシャ人はセヴェリーンの前で
愛し合い去ってゆく。
ワンダは二度とセヴェリーンの前に現われることはなかった。


「毛皮を着たビーナス」はヒットした。
ドイツやオーストリアだけでなく、ヨーロッパ中に翻訳され出版された。
スラブ的な男と女の関係、すなわち女王様と男奴隷の関係がヨーロッパで認められた
わけではない。ヨーロッパの常識とは違う文化に興味を示した人は多かったのだろう
が、むしろ、革命や戦争が続き、社会不安と新しいデモクラシーの時代への希望が
渦巻くという、価値観が大きく変動していた時代、とくにパリなどの都会では、
社会や政治と同様、恋愛においても従来のカトリック的なモラルを超えた何かを
求めていたに違いない。
 
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  【No.27 Res.0】

その10


1 Name 鈴木♂
 
グラーツの町で、「毛皮を着たビーナス」を熱心に読みふける一人の女がいた。
本名を、ラウラ・アンゲリカという、無教養なお針子の27歳の女だ。
ラウラの父は下級官吏だったが、生活にだらしなく、いつも貧乏で、貧乏生活に
疲れて母子を捨てて出奔した。ラウラはお針子として、生活をしてゆかねば
ならなかった。
体の弱い母親と二人暮らしで借家住まい。ラウラの唯一の楽しみは貸本屋で借りて
くる通俗小説を読むことと、上流階級の生活を妄想することだけだ。
かつて、ラウラはレオポルトの姿を見たことがあった。彼が警察署長の息子で
新進作家としてデビューしたのだという話を聞き、おおいに憧れを持った。
彼のような男の妻になれたら。しかし、貧しいお針子女には叶わぬ夢だった。

しかし、今、ラウラの読んでいる一冊の本‥‥、「毛皮を着たビーナス」。
この本がラウラの妄想を現実のものとする。
ラウラの野心はメラメラと燃え上がり、そして、彼女は行動を起こす。

レオポルトはエミリーと名乗る貴族の人妻と文通をはじめた。
エミリーは夫とベッドをともにすることを拒んでいるだとか、女が男を惑わす時
には貴殿の考えも及ばぬことをするものですだとか、いつの日か貴殿を私の前に
跪かせてみたい、そんなことを度々書いて寄こし、レオポルトを歓喜させていた。
エミリーの正体はお針子のラウラだった。
手紙では、名前や職業、容姿まではわからない。現代のネット恋愛みたいなものだ。
レオポルトは勝手に自分の中でエミリーを想像し妄想し、ようはラウラにすっかり
騙されてしまったわけだ。
 
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  【No.26 Res.0】

その11


1 Name 鈴木♂
 
ある時、アリスという女性がレオポルトを訪ねて来た。
「不倫スキャンダルに怯えたエミリーが今まで出した手紙を返して欲しいと
言っています、ついてはその使者役として友人の私が手紙を受け取りに参りました」
勿論、アリスはラウラの一人二役だ。
ベールで顔を隠しているが、美しい女だ。アリスは自分は人妻だとも言った。
レオポルトはどうやら「人妻」というのに弱いらしい。
アリスに心惹かれたレオポルトは、彼女と文通をはじめた。
アリスには文才があった。教養はなかったが、貸本を読みあさっているうちに
小説を書く力が自然と身についていたのだ。レオポルトは彼女の才能を見逃さ
なかった。小説を書くようにすすめた。発表する媒体もレオポルトが紹介した。
アリスは小説を書いた。「毛皮を着たビーナス」の通俗版のような小説だったが、
貴族の奥様方の暇つぶしには丁度よい読み物だった。アリスはいくばくかの原稿料
を手にした。
この金でアリスは何をしたか。素敵なドレスと靴と帽子を買った。
次にレオポルトに会う時に、貴族の夫人であることを装うために。
お針子女であることがばれないように。

ドレスと靴と帽子を手にしてからは、アリスは頻繁にレオポルトのもとを訪ねる
ようになった。
当時レオポルトには実は婚約者がいたが、この時はもう婚約者のことは目に入って
いなかった。「アリス」とだけ名乗る謎の人妻に夢中だった。会う時は決して
ベールをとらない謎の美女。
レオポルトはアリスに何度か求愛の言葉を投げ掛けた。アリスはイエスともノーとも
言わない。ニッコリ微笑んで手を横に振るだけだった。
 
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  【No.25 Res.0】

その12


1 Name 鈴木♂
 
警察署長の息子で売れっ子作家で法学博士のレオポルトが、無教養なお針子女の
ラウラに完全に手玉に取られていた。
レオポルトは婚約者と別れた。しかし、アリスは人妻であるから(レオポルトは
アリスの嘘を信じていた)、彼女と結婚することは出来ない。
レオポルトに残された道は一つしかない。アリスの奴隷になる。

1872年3月のある日、レオポルトはアリスに黒ビロードのコートをプレゼントした。
「私の小説をお読みなら、このプレゼントの意味がおわかりでしょう」
レオポルトはそう言うと、アリスの足元にひれ伏して、靴にキスをした。
1872年4月15日、レオポルトはアリスに鞭で打たれた。
全裸で四つ這いのレオポルトの背中に、アリスは鞭の雨を降らせた。
苦痛と歓喜があふれきてレオポルトは真実の涙を流した。

レオポルトはアリスの奴隷になる決意をする。彼女に夫がいても構わない。
むしろ、自らが縛られて夫の目の前でアリスに鞭打たれる、そして夫とアリスは
縛られ動けないレオポルトの前で激しく愛し合う‥‥そんなシナリオが作られて
いた。
しかし、アリスはお針子のラウラなのであり、夫なる人物は存在すらしないのだ。

アリスは行き詰った。そこで、彼女は別の餌をレオポルトに与えることでこの場を
乗り切ることにした。「毛皮を着たビーナス」というテキストを熟読しているから
こそ出来るワザだ。
 
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  【No.24 Res.0】

その13


1 Name 鈴木♂
 
アリスはワンダ・ドゥナーエフと名を変える。
そして、レオポルトに奴隷契約書に署名するよう迫る。
かつてファニーと交わした6ヶ月限定の奴隷契約書ではない。生涯をワンダの
奴隷として過ごすという過酷な(レオポルトにとっては餌でしかない)ものだった。
この契約書に署名すれば、レオポルトは家族や親戚や友人や仕事、一切の世俗と
縁を切り、ワンダの奴隷とならねばならない。レオポルトはそれを望んだ。
しかし、実際には無理だ。何故ならワンダはお針子のラウラで、奴隷を飼う家も
経済力もない。ワンダが求めたのはレオポルトを奴隷にすることではなく、
レオポルトの妻になって上流階級のチケットを手にしたかっただけなのだ。
奴隷はそのための餌でしかない。
契約書は変更された。ワンダがレオポルトの名誉を傷つけないこと、文学活動を
さまたげないこと、他の男と浮気はしても愛しているのはレオポルトだけである
こと。

最後の一項がレオポルトにとっては重要であった。レオポルトはむしろ鎖で繋がれ
鞭打たれる奴隷の生活を望んでいたのだが、彼がもっとも恐れたのはワンダの
心変わりであった。かつて妹のローザが死をもって自分の前から永遠に消えて
しまったように、ワンダが心変わりで自分の前から消えてしまうことを恐れた。
やっと現われた女王を失いたくなかったのだ。
レオポルトは悩みぬいた揚句、最後の一項が加えられた奴隷契約書に署名した。
7月13日のことだった。

二人はしばらくの間、グラーツで同棲をした。
レオポルトにとってはいつワンダの夫が現われワンダを奪い返しに来るかという
不安、ワンダには夫の存在のないことがレオポルトにばれてしまう不安が
つきまとった。
 
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